聖光学院中学校高等学校

入学式

第五十八期生の入学式が、本校ラムネホールで行われました。

Posted by 聖光学院 中学校・高等学校 on 2015年4月4日

平成26年度(57期生)入学式 校長式辞】

 二〇一四年四月五日、正門に続く小道のソメイヨシノ、山桜、しだれ桜も満開です。根岸の丘をわたる風に花の匂いがまじれば春です。

 春の訪れが告げられると、私たちの脳裡には漠然としたかつての喜びや、哀しみがそして人への愛おしさなどもこみあげてきては、はじけていきます。春は、惜別と希望が交錯する季節なのでしょう。
 ヨーロッパを旅すると、ミサの始まる時間にはあちこちの教会から始まりを告げる鐘が聞こえてきます。そしてその鳴り響く多音の中の静寂は、集っている私たちに嫋(たお)やかな高みを感じさせてくれます。
 本日、午前十時、わが校のアンジェラスの鐘が鳴り、第五十七期生の新入生諸君を迎え入れることができました。

 第五十七期生となる新入生諸君、入学おめでとう。
 諸君は、晴れて念願叶い、「威風堂々」の曲に迎えられて入学式に臨んでいます。諸君のほとんどは、中学受験を決めたときから、放課後、友達と遊びたいのを我慢して進学塾に通い、日曜日には模擬試験を受けたことと思います。試験の成績が悪いとご両親にも叱咤激励され、教室では座る席次も成績順であったという人もいることでしょう。振り返ってみれば、膨大な時間をかけて、中学入試と言う目標に向かって学習を積み重ねてきたことと思います。そして、その努力の甲斐あって、今日、聖光学院の制服に身を包み入学式に臨んでいるのです。

 今の諸君の心境はどんなものでしょうか。明日から始まる学校生活に対して、期待と不安が胸の中で交錯しているのではないかと思います。聖光での勉強についていけるであろうか、新しい友達ができるだろうか。今までと生活環境が変わることでの緊張感も相当なものがあると思います。
 本校は校舎の建て替え工事をしています。三月二十日に中学生も全員新校舎に引っ越しました。新入生諸君も新しい校舎ですごすこととなります。小学校の時に比べてあまりの広さに驚いているかもしれません。私でさえ目的の場所に行くのに戸惑ってしまうことが度々あるくらいです。私たちも素晴らしい教育環境を実現できることを誇りに思っています。

 諸君は、この聖光学院で中学生、高校生の六年間を過ごすことになります。
 この間、心身ともに大きく成長します。躍動感と活力に溢れた充実した日々となるよう、先生たちは諸君を支え、励ましていこうと思っています。
 そして、諸君も私たちの期待に応えるよう、常に新たな気持ちで、日々の努力を積み重ねていくことが大切です。

 今日の聖書朗読では、
   求めよ、さらば与えられん。
   さがせよ、さらば見出さん。
   叩けよ、さらば開かれん。  (マタイ福音書第7章第7節)
を紹介しました。

 諸君は聖光学院の門を叩いたからこそ今日このように入学式を迎えています。
 諸君はちょうどこれから人生の開花期を迎えようとしているのです。そして中学生、高校生の時代というのはたくさんの可能性にあふれた時代であります。そう考えると、「人は何のために生きているのか」という人生の根本問題に思いが至ります。それを一言でいうとしたら、天分を発揮し、それを実現することを通して、社会のため人々のために尽くすことにあるいうほかはないと思うのです。
 天分という言葉を使って表現すると、「このような才能を持つ人はごく限られた者しかいない。少数の人にしか当てはまらないことで自分には関係のないことだ。」と思うかもしれません。
 しかし、こうした「天分」や「素質」というものは、私たちキリスト教の世界では、学問や芸術などのようないわゆる狭い意味での文化的領域に限らず、広く現実社会の中でどのような役割を担うかということをさしているのです。そして何より忘れてならないのは、この世に生まれ出づる誰しもが神様から託された使命をもち、この社会に派遣されているのです。
 それは、諸君は神様から一通の手紙を託されてこの世に生まれたということです。しかしながら残念なことに、その手紙を開封することなく人生を過ごしてしまう人もいるのです。
 私のような年齢になって改めて感じるのは、まさに次の一言です。
 それは、「人生二度なし」ということです。
 私たちの人生は二度ないのであって、ひとたび過ぎ去ったならばもはや永久に還らないのです。それだけに、自分の与えられた使命を見つけ出すことができるように取り組んでいく、門を叩くという姿勢が求められるのです。
 今日から、本校での学校生活が始まりますが、日常の教科学習はもちろんのこと、クラブ活動、その他のさまざまなカリキュラムに対して、自ら積極的に関わっていく姿勢をもってほしいと思います。
 人は生きていくうえで、苦しいとき、つらいときがたくさんあります。そうしたときに強い意志を持って立ち向かうことが大切です。
 諸君は若いがゆえに、つい自分の思い通りになることを第一と考えてしまいがちです。しかし、世の中あるいはこの地球というのは、一人の人間の小賢しい知恵では処理できないほど大きな存在なのです。勤勉であること、向上心を持つことは大切なことですが、自己を過信した思い上がりをもってはいけないのです。
 私たちの心は、揺れ動くものであり、言わば重層的な存在であるといえます。私たちは決して完全な形で生きているのではありません。私たちは、今、この瞬間の自分の顔だけではなくて、過去の顔、裏の顔もあることを忘れていけないのです。いくつもの顔が矛盾に満ちて共存していることを認めて、その矛盾を自覚することができれば、自分の弱さを補強することができるのです。
 諸君はこれから、中学生となり思春期を迎えます。この時期は人間にとっては第二の誕生ともいわれる心身の発達期になります。この六年間を通して、諸君には変化に強い人物に成長して欲しいと願っています。
 私たちは神様から望まれてこの世に生を受け使命をゆだねられているのです。
 しかしながら、先にも述べたように私たちの心は揺れ動きます。時として人はどのような悪をもなし得ることがあります。一方で、同じ人でありながら、どのような崇高な行動も取り得るというのが人間の本質かもしれません。
 そのように考えてみれば、自分が今までうまく生きてこられたとしたら、それは運がよかったからか、周囲の人が図らずも庇ってくれていたからに過ぎないのかもしれません。私たちはそこに、私たちでは及ばない、見えざる力を感じ取るのではないでしょうか。そこで私たちの存在の小ささ、また私たちを守ってくださる大きな力を感じ取ることができるのではないでしょうか。
 私たちがそのように考えられたとき、心は実に自由に解き放たれます。視野も広くなります。そして、すべてのことを受け止めることができるようになるはずです。

 諸君には、やがて社会のリーダーとなり、責任ある立場に立ってほしいと念願しています。ノブレス・オブリージェといって、その立場に応じた義務も生じます。本校ではこうした姿を「紳士たれ」と表現し、校訓として創立以来今日まで継承してきています。蛇足になりますが、本校は男子校ですので、周囲はいずれも「紳士」を目指す仲間たちであります。共学であった小学校時代に比べてみると、残念なことに明日から学ぶ教室ではちょっぴり胸をドキドキさせた女子生徒は一人もいないのです。
 ここで注意しておきたいのは、紳士の姿とは、単にスマートでいつも華やかな場に身を置き、人々の喝采を浴びている人をいうのではないということです。
 むしろ、人々にあきられ、無喝采になったときにも、それを乗り越えて、なお自分の信念や生き方、志を持続することができる内面的な強さを持った人です。国境、民族、時代を超えて人を愛するためには、そのような強さがなければならないからです。
 諸君にとって、成長するというのは、知識が増えてくることや、判断の成熟もさることながら、やはり究極のところでは「愛」の成長だと思います。人が成長したかどうかは愛が大きく深くなったかどうかにあると思います。
 それは、才能とも学歴とも地位とも財産とも関係ありません。人を愛することができない、自分のことしか考えられない人は、いくら年を重ねていても大人になりきっていない人といえます。諸君はこれからの六年間を通して、人を愛することができる人物へと成長して欲しいと念願しております。

 さて、ここで、新入生の保護者の皆様に、一言ご挨拶申し上げます。
 ご子息のご入学本当におめでとうございます。昨年の学校説明会でも、ご縁があれば4月に入学式でお目にかかりましょうと申し上げました。本日、皆様と再びお会いすることができ、深いご縁ができましたことを大変うれしく思っております。皆様のご子息は本日より本校の中学一年生としての第一歩を踏み出すことになりました。
 皆様と共に心からお喜び申し上げたいと思います。

 ご子息は大きな希望を持って本校を選びました。そして、皆様がお寄せになっているご期待を思うとき私ども教職員一同は、全力を挙げてそれにお応えしなければならないと、その責任の重さを痛感いたします。こうして、ご子息をお預かりしましたからには、責任を持って全力を尽くして、努力いたしますが、皆様もご存知のとおり、真の教育は学校のみで成立するものではありません。
 学校と家庭が一つの目標を掲げて共に手を結び、努力を重ねていくことによって成り立つものと信じております。そのためには、これからもご子息の教育について、色々とご相談申し上げることも生じて参ります。どうか、その点、深いご理解をいただき、全面的にご協力を賜りますようお願い申し上げます。

 さて、新入生諸君にこんな詩の一節を紹介して、式辞の結びにしたいと思います。

   祈る人は
   祈ってくれる人を知る
   信じる人は
   信じてくれる人を知る
   愛する人は
   愛してくれる人を知る  (河野 進 詩集「カナの婚宴の葡萄酒」より)

 今日から、聖光学院の家族の一員となり、新たな第一歩を踏み出した新入生、一人一人の前途に、天なる神様の深いお恵みがあらんことをお祈りし、本日の式辞といたします。

【平成26年度(57期生)入学式 歓迎の言葉】

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。ならびに保護者の皆様、おめでとうございます。
 小学生の時の皆さんの大きな努力と、毎日の温かく時には厳しいご家族の支えがあってこそ、受験という大きな試練を乗り越えることができ、いまここにいるのだと思います。そして、その努力を無駄にすることのないように、次のステップへの更なる準備を始めていきましょう。聖光学院の授業内容はとても濃く、スピードもあるために、早いうちから自分の学習スタイルを確立することが求められるでしょう。その際に、もし自分に見合う学習スタイルが見つからない場合は遠慮なく先生や先輩に相談してみましょう。必ず親身になって、皆さんを支えてくれるはずです。
 僕はこの学院生活をより充実したものにするために、皆さんに大切してほしいと思っていることが二つあります。
 一つ目は礼儀についてです。「Life could be wonderful if people would leave you alone」というチャップリンの言葉があります。この言葉は、「私たちがみんなで、小さな礼儀作法に気をつけたなら、人生はもっと暮らしやすくなる」という解釈を持ちます。朝の挨拶をはじめとして、授業ごとの先生への挨拶、小さなことにも感謝の言葉など、恥ずかしがらずに自分から進んでしてみましょう。これはいつも自分を支えてくれている家族間や友人間、そして公共の場でも例外ではありません。当たり前のことが自然にできるようになれば、みんなが快適な生活を送ることができると思います。
 二つ目は自主性・積極性についてです。この学校では聖光祭、体育祭、キャンプなど生徒が主体となって参加する行事に加え、聖光塾など興味ある多くのことが経験できる機会がたくさん与えられています。しかし、なにもせずに日々を過ごしているとあっという間に時は過ぎていってしまいます。どうか積極的にいろいろな活動に参加して、自らの手でこれから始まる六年間の学院生活を充実したものにしてほしいと思っています。
 今年は校舎建て替えとともに新たなスタートの年になります。この素晴らしい新校舎は、先生方や先輩方が今まで長い間築いてこられた歴史の上にできあがっていることを心にとめて、この新校舎とともに新たな伝統を新入生の皆さんと一緒に築いていきたいと思います。
 最後にもう一度、皆さんご入学おめでとうございます。

平成26年4月5日                 聖光学院中学校在校生代表