聖光学院中学校高等学校

2014.11 校長メッセージ「秋深まる」

秋深まる

 うさぎ追いし かの山

 小鮒釣りし かの川

            「ふるさと」高野辰之

 この小学唱歌モデルになったのが、作詞者高野辰之の生まれ故郷である長野県中野市豊田村である。

 本校が東日本大震災を経て、猪苗代湖畔にあるキャンプ場を休止してすでに4年目になる。昨年からは長野県斑尾高原豊田スキー場の跡地を譲っていただき、この場所でのキャンプを開始した。

 10月の終わりに、冬の準備もあり、数か月ぶりにキャンプ場を訪れた。私の目の前には、夏とはうって変わった山肌の色めきなど、華やぐ秋の景観が広がる。野山の錦は、沈黙の銀世界へ向かうための前夜祭のようでもある。透明に伸びゆく秋の空を見上げると、美しくしすぎて、そこにはかつて気づかなかった悲しみが流れているようだ。

 2011年の東日本大震災で、休業していた斑尾高原のホテルを貸し切り夏期の行事を開始した時には、一年だけでまた猪苗代へ戻れると考えていた。しかし、福島第一原発の処理のことなどあり、翌年も同じようにホテルでの行事となった。

 わが校では伝統的に、テントを使用してのキャンプ生活を送ることを行事の柱にしている。部屋に電気があり、畳やベッドの上で寝て、大きな風呂にも入れるというのは快適ではある。キャンプ場を変えて初めて分かったのであるが、テント生活で寝起きをして、かまどで飯盒炊飯を実施している学校は非常に少ないということだ。われわれはこれが当たり前の行事と考えていたのであるが、世間的には非常に少数派なのである。建物に寝泊まりするという林間学校形式をこのまま続けていては、本校のキャンプの伝統がくずれてしまう。そう考えて、新たなキャンプ場を思い切って設置することにした。

 そのためには、各学年200名以上の生徒が集団生活を行え、万が一には全員が避難できる場所でなくてはならない。基本的に生徒が自炊をするのだが、荒天の時などには全員の食事も賄えるような厨房も必要だ。また、周りに人家がないことなども、設置の条件となってくるのである。

 結果として、日帰りのスキー客を目的として建築された斑尾高原豊田スキー場がこの条件に合致した。スキー場にあるレストハウスは堅牢であり、厨房設備も立派なものであった。このレストハウスを本部として、昨年度から斑尾でのキャンプを本格的に開始したのである。今年はテントサイトも整備して、素晴らしいキャンプ施設が整った。

 7月19日に終業式を終えると、若い先生方と準備のために横浜を旅立った。私自身は若い時分から20日間近くの行事に慣れているので心ウキウキ自動車に乗り込んだが、若い先生たちの中には、都会の生活から離れるのに寂しさ?を感じている人もいるようだ。わが校は宿泊を伴う行事が多いので、先生方には大変なご苦労をかけているし、校長として本当に感謝している。

 このキャンプ場は周りに人家がないので、夜になると真っ暗である。それだけに本当に星がきれいだ。晴れの夜にはじっと空を見上げていると、人工衛星などもしばしば観察できる。

 都会での生活は夜でも可視光線にあふれ、本当の闇がない。大自然の中で闇を体験し、そこにきらめく無数の星を見たとき、生徒たちは何を感じたのであろうか。また来年の夏も生徒たちの笑い声や歓声がこだまするであろう。

 振り返ってみれば、私たちはかつての思いを空にたずね、花に寄せ、水面に映してきた。そうすることで、風になぐさめられ、大地のぬくもりに支えられ、小鳥たちに生きる術を教えられてきたのである。

 中高時代の思い出は僕らにとっても心の翼であった。そし

てそれは、今を生き抜く子供たちにとっても同様であろう。これからもちょっぴり苦労は多いけれど、教職員とキャンプを続けていこうと思う。