聖光学院中学校高等学校

2014.7 校長メッセージ「梅雨の晴れ間に」

梅雨の晴れ間に

根岸線石川町駅は、日本で最も女子校生の乗降りが多い駅である。男子校であるわが校は、その隣の山手駅である。生徒の時代から数えれば、45年以上も前からこの電車に乗って、登校していることになる。

女子高生たちのにぎやかな声がホームへと去っていくと、一瞬の静けさが車内に訪れる。さすがに「ブラフ」と呼ばれる地域だけあって、山手駅まで三つのトンネルを抜けることになる。最初のトンネル手前で、マリンタワーとその反対側には富士山が眺望できる。二つ目のトンネルでは、山手教会の尖塔がうかがえる。三つ目を抜けて山手駅に到着する目前には、ベイブリッジの橋梁と横浜雙葉学園の聖堂の尖塔が見える。梅雨の晴れ間、朝陽に照らされる雨上がりの緑の美しさはことさらである。ここ横浜山手は、緑に囲まれた丘の町である。思わず、在校中に二期上の先輩が書いた詩が思い出される。

  異國人たちは

  ここをBluffと稱び

  散歩道は 丘の全體を裹み

  擴がってゐたといふ

やはらかないくつもの沓おとが山手を驅けてゆく

僕たちはおまへの伊太利製の雨傘にかくれて

ジェラールの瓦工場のほとりを過ぎ

濡れた石段をあがっていった

中略

昏れかかる時刻に 舊い教會の扉の灯は

なんと不安な呟きを解いてゐることだらう

―雨の響きに薄青い<時>の残映(かげ)が遁げてゆく

山本一宏(第9期卒業)詩集Bluff In Rain より

今回の校舎の整備計画ではホールの上に尖塔を設け、鐘楼を建築した。毎日、正午と夕方五時にアンジェラスの鐘を鳴らしている。わが校の新しい校舎と雰囲気がBluffに溶け込んでいくには、どれくらいの歳月がかかるのだろうか。

先日、この通学路の車内で新聞記事を読んだのがきっかけで、銀座まで映画を見に出かけた。それは「世界の果ての通学路」という、フランスの映画監督が撮影したドキュメンタリーの作品である。ケニア、アルゼンチン、モロッコ、インドの各地で学校に通う子供たちの姿を映し出した作品である。毎日、往復三十㎞の通学路を往復四時間かけて、駆けながら通う兄妹、見渡す限り人のいないパタゴニア平原を、馬に乗って通学する兄妹がいるのである。

「四人にとって登校は、ハラハラドキドキの冒険だ。学校が大好きな彼らにすれば、遅刻するのはなんとしても避けたい。ところが通学路は危険だらけで、大人の足でも過酷な道のりなのだ。それでも子供たちは学校へまっしぐらに向かう。雄大な地球の姿に魅了されながら、ひたむきな彼らを見て気づかされるのは、教育とは将来を切り拓くためのパスポートだということだ」

先進国であるわが国でも、青年たちが教育を受けるということは、自分たちの未来を切り拓くことでなければならないと思う。日本は、国家としての成熟期を迎え、高齢化や人口減少が懸念されている。活力あふれる社会を維持できるのかは、今後の大きな課題であろう。そして、この国やグローバル化した地球社会を担っていく使命を背負うべきメンバーに、本校の生徒たちが含まれていることもまぎれのない事実なのである。広い世界の辺境の地で危険を冒してまで通学する子供たちも、聖光生たちもともに将来を切り拓くための学びをしていることは変わらぬ事実である。そして教育に携わる者は勿論のこと、社会の大人たちが彼らに次代を語ることの責任がいかに重大であるかを再認識する必要があるだろう。