聖光学院中学校高等学校

2015.2 校長メッセージ「半世紀ぶりのありがとう」

半世紀ぶりのありがとう

 2014年の暮れも押し迫った28日、私は午前6時32分東京発のはやぶさ1号に乗車していた。盛岡から新花巻へ戻り、釜石線快速『はまゆり1号』で釜石に向かい、そこからは車で大槌町に向かった。
 インターアクトの生徒がこの夏ボランティアに出かけたカリタスジャパンの被災地のベースに、今回のコンサートを記念した寄付金を届けるためである。震災直後の2011年6月に宮古市の被災地にボランティアのため当時の高校1、2年生と私も出かけ、その折には大槌町にも足を延ばした。あれから三年が経過し、復興は進みつつあることは見て取れる。だが空地も目立ち、いまだに津波の爪痕が残っているのが現状である。仮設の住宅もまだまだたくさん残っており、そこに住んでおられる方々の大多数は高齢者である。
 今回の訪問は、本校の新校舎竣工記念で行った卒業生である小田和正さんのコンサート会費の一部をお届けすることが目的であった。
 
 雪が解けてゆくみたいに今はそのままゆっくり元気になって
 君の好きなふるさとの町にまたあの日々が戻ってきますように
                      小田和正「その日が来るまで」

 また、このほかにも「桜の下にたくさんの笑顔が集まる、その日が来るまで――。」という、『東北さくらライブプロジェクト』にも寄付をすることにした。
 大槌町は人口15.000名の町である。そしてあの震災と津波で1,232名の方々の命が奪われてしまった。大槌町に限らず、東日本大震災ではたくさんの方々の尊い命が奪われたのである。
 
 この道を通った ここで夢を見ていた
            小田和正「マイホームタウン」

 被災地では数多くの学校が津波の被害に遭い、校舎が流され、若者たちの命も奪われた。通学路をともに通い、将来を夢見て語り合った友人が忽然と帰らぬ人となってしまったという現実も、数え切れないほどあるのである。この事実を私たち以上に同世代の若者は忘れないでほしいと思う。私たちは「命ある者の使命」という、厳粛な事実を忘れてはならないのである。
 
 昨年末、わが校は竣工記念行事として、第3期卒業生である小田和正さんのコンサート『聖光日和』を新ホールで開催した。その初日、アンコールの『マイ ホーム タウン』のところで、小田さんが声を詰まらせてタオル涙を拭うという場面があった。
 コンサートが終わり、学院長のトマス先生、小田さん、バンドの皆さんと食事に出かけた。その時に小田さんは、歌詞の途中「この道を通った。ここで夢を見ていた」この部分で涙があふれてきたと語ってくれた。
 考えてみると小田先輩の原点である『オフ コース』 は、当時の聖光祭のラ・ムネ・ホールでデビューしたのである。そして今回は、新しくなったラ・ムネ・ホールに再び戻ってきたといえる。その意味では、『3期生の小田和正、自らが旅立ちの舞台に舞い戻る』という場面であったわけなのだ。
 決して還ることのない、まさに還らざる日々のことが、心をよぎったのではないだろうか。そう考えてみると、人生の日々とは、文字通りあっという間に過ぎていくということなのだろう。

 瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。
             聖書 詩編90の一節

 人は草のように移ろう。朝が来れば花を咲かせ、やがて移ろい、夕べにはしおれ、枯れていく。人間のこの世界での一生は、神様の目からすれば、ほんの一瞬のことでしかない。とりわけ、『団塊の世代』といわれる60歳代の方々にとっては、「前だけを見つめてひたすら歩き続ける日々」だったのかもしれない。その世代の人たちにとっての戻る場所、そこはまさに旅立ちの原点であったわけである。
 人生には終着駅がある。すなわち、走り続けてもこの先はもう行き止まりだと思うと、聖光生だった時代やあるいは小学校の頃の少年であった自分が、遠くから現在の自分に手を振っている姿が不思議と見えてくるのである。

 小田さんたちとの懇談会の場で、学院長のトマス先生が、突然、「そういえば小田君にお礼を言うのを忘れていました」と言い出した。それはトマス先生が3期生卒業式の謝恩会でエーデルワイスを歌った時に、小田さんにギターの伴奏してもらった時のことである。トマス先生は、その時に小田さんに「ありがとう」を告げられなかったそうだ。3期生は1966年の2月の卒業であるから、実に半世紀ぶりの「ありがとう」の場面となった。
 そのあと当時を懐かしみ、エーデルワイスを歌おうということになり、こうして小田さんを交えての懇談会はたいへん盛り上がった。
 会の終わりに、3期生の小田先輩が11期生の私に、「工藤、この三日間は俺にとっては過去への旅でありそして未来への旅であった」と想いを語ってくれた。
 この一言は、校長でもある私にとってはうれしくも重い言葉として心に響いている。本校は卒業生にとって、気軽に還ることのできる場所でなければならない。そしてそこに戻れば、再び生きる活力を取り戻せるような場として、存在していなければならない。私学としての聖光学院の原点を再確認させられた言葉であったからだ。